表現の不自由~明日ママがいない、スポンサーが居なくなる~


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明日、ママがいないというドラマで批判が相次ぎ、スポンサー8社が全て降りてしまい、スポンサーが居なくなるという事態が発生しているようですね。

明日、ママがいないというドラマは養護施設で育った子供を描いたもので、差別的な偏見を助長する可能性があるというのが批判の理由のようです。

このニュースを見て残念と言わざるを得ない気がします。

例えば医療界を批判したアニメや漫画はたくさんあります。
その中には酷い捏造をしているものが信じられないくらいたくさんありますし、専門家が見たらおかしいものはたくさんある、というのはよく聞きます。ブラックジャックによろしくなんかはその典型だと言っている人もいました。
しかし、その作品は一定の評価を得て世間にも認められている。
例えば大学病院の教授回診は学生・研修医の教育のためという側面が強いですが、何故か世間からは「権力を見せつけるため」とか思われている。こういった細かい誤解を訂正しようとする作家はおらず、誤解が広まり、医療界への批判的姿勢が強くなります。
もしかしたらそれで病院に行かなくなって寿命が縮んだ人だっているかもしれないのに、大した批判がない。

じゃあなんで養護施設に対しては誤解を生むような発言をしてはダメなのか。
考えるまでもなく、養護施設に住まう人は「弱者」という意識があるからでしょう。

病院は強者だから批判してもいい。養護施設出身者は弱者だから批判してはダメ。
要するにこのドラマに対して批判的な人は最初から差別的な意識があるんでしょうね。「自分は正しいことをしている」つもりでしょうから、罪悪感などはないでしょうが。

野笛涼著のなぜ、かくも卑屈にならなければならないのかという本に以下のような記述がありました。
記憶で書いているので大枠しか合ってないですが。

「ある認知症のあるおばあちゃんがいた。夜中に徘徊するということで、患者の家族に了承を取り病院側の負担の軽減と本人の安全のため夜中はベッドサイドに手を結び付けさせてもらうことになった。
 その患者が退院した後、家族の友人を名乗る人物からそのようなことは許せないという電話があった。
 この人物はただ話を聞いて『このようなことは許せん』とばかりに正義感に駆られて電話をしただけかもしれぬ。しかし、この件については患者の家族にしっかりと説明し、理解を得ているのだ。
 でも病院の方としては『このようなことになるなら以降こういったややこしいことになりそうな人は受け入れないようにしよう』ということになる。
 たった一人の見当はずれの『善意の人』がいるせいで、認知症の老人を受け入れる病院がなくなってしまうのだ。
 一つの悪を潰したとばかりに電話をした後にすすったコーヒーは旨かったか?身勝手な正義感で病院に認知症の老人を受け入れられなくした後にすすったコーヒーは旨かったか?」

さて、本来ベッドサイドに結び付けることは良くないことです。それを否定する人はいないでしょう。しかし、そうせざるを得ない状況というものもあります。病院側が勝手にやってはいけないでしょうが、そういった行為は家族にも了承を取り、納得してもらった上でやるものです。
やむを得ずやっているものですから代替手段もありません。もしそれに対する批判が出たら、「それじゃあこの人は入院することができません」となります。これは当然の流れでしょう。万一批判的な電話をした人が一晩中その患者さんに付き添って面倒を見るというのならまた話は違いますが、こういった無責任な電話をする人はなぜか建設的な行動は一切しないものです。

今回の養護施設も同じです。
正義感に駆られるのはいいでしょう。このサイトだって悪徳業者の批判をよくやっています。正義感が悪いなんて口が裂けても言えません。
しかし、批判をするなら批判の結果出てくるものも考えなくてはいけないでしょう。
上記の例で病院を批判した場合に出てくる結果は「患者の受け入れ拒否」という最悪のシナリオです。『それでも受け入れるのが病院の仕事だろう』というのは筋違いです。

こうして養護施設のドラマを否定することに依って出現する結果は「メディアの委縮」「養護施設へのメディア的接触の回避」「養護施設への無関心」辺りでしょうか。
ドラマがいかに陰惨でも、そこに出現する感情の中には同情もあるかもしれぬ。もし寄付を募ればいくばくかの資金が動き、助かる子供がいるかもしれぬ。むしろそういった意図もあったから批判などということは考えなかったのでしょう。
こういった作品を作るにあたってメディアはそこまで配慮していたと考えるべきでしょう。

でも、これでそれも全てぶち壊しになります。
「こんなテーマのドラマは差別的に決まっている」という先入観のある差別意識の塊の人が正義感に駆られて批判し、養護施設の人が害をこうむる。

うん、養護施設のスタッフの中には「事実と違う」と言っている人もいるらしいですね。でもそれは「俺は2階建ての高校出身だから、ドラマの高校が3階建てなのはおかしい」と批判するようなものですよ。施設が違えば内情が違うのは当たり前。自分の所と違うから「事実と違う」とは言えません。

制度が矛盾している?だってドラマですからそりゃそうでしょう。救命病棟24時の松島奈々子の心臓マッサージとか、実際やったら患者が死ぬとか言ってる医療関係者が居ましたよ。完全に写実的じゃないから批判するものでもないでしょう。

後先考えない善意の者の批判なんて害でしかありません。まあ、企業も商売なのでイメージが大事でしょうし、被害者なのかもしれませんね。

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ブラック企業である病院


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先日あるドクターと会話する機会を得ました。
過去の記事に出てきた方とは別人です。

その方は「最近うちの病院では研修医に時間外手当が出るらしいが、俺はそれはおかしいと思う」というようなことを口にしていました。
当然理由を問うたのですが、「自分が研修医の時にはそんな制度はなかった。研修医は学ぶ立場なんだから時間外で働くのは当然のことだ。そこに手当てを付けるのはおかしい」という内容を口にしました。

さて……近頃ブラック企業が騒がれていますが、ブラックなのはもしかしたら企業だけではなくて病院もなのかもしれません。

研修医というと激務の代表ともいえる仕事です。目の前にいた彼に研修医時代のことを聞くと、「朝7時半には必ず出勤する。夜は検査で遅くなったり長時間のカンファレンスがあるし、いくら遅くなっても患者さんが寝る前に病棟を回らないといけない。回ったら回ったで情報を整理しないといけない。サマリを書いたり検査結果や治療計画を見直したり、患者さん情報を覚えなおしたり、やることはいくらでもあった。8時に帰るなんて有り得なかったし、10時になってようやく『帰ろうか』と思う感じだった。論文発表がある時や症例発表がある時は夜1時くらいまで仕事して当然のように病院に宿泊していた。当直の時は徹夜になることも珍しくなかった。土日は平日よりは楽だけど基本的に毎日出勤するし、8時間くらいは働く。」
……長かったので要約しましたが、これくらいの感じでした。
月給は手取り25万程度。ボーナスなしとのことです。
この話からすると週の平均労働時間は90時間以上といったところでしょうか。
時給にすると650円くらい……まあ、ブラック企業の割には悪くないのか。

しかし、週の労働時間がおかしいくらい長くなっています。
労働基準法の定める過労死ラインは大幅に超えていますし、したがって死亡者も珍しくはないのではないでしょうか?
医師の自殺や過酷な労働条件に付いて書かれたサイトを紹介します。

さて、このブログで書きたいことは、そのような苦労をしてきた「研修医の卒業生」がやはり現在の研修医に対して過酷な現実を要求しているということです。

普通の感性では「過酷な現実を潜り抜けたら後輩は同じ目に合わせたくない」と思うものではないでしょうか。
医師不足が叫ばれる今、労働時間については仕方がない部分があるかもしれません。ただ、「給料」という労働者の権利まで放棄するように求めるのはいかがなものでしょうか?

そのドクターの話では「うちの病院ではカンファレンスなどは時間外に認められていない。また、病棟業務も同じ。ただ純粋に緊急事態があり、呼び出された場合や検査などが長引いた時のみ認められる」というようなことを口にしました。つまり、ドクターが言ったような労働条件でもその中で「時間外手当」に該当するのはほんの一握りなのだと予想します。そんな現状でもやはり不満があるようです。

「給料は労働者の権利だよ」と口にしても「医者と労働者は違う」というような返事があるのみです。
医者の使命感なんでしょうか?

しかし、医者であっても労働者の権利は認めないといけないと思います。それは他の業種でも言えることです。
「入社1年目のペーペーだから」「遅くなるのが当たり前の仕事だから」「会社の伝統」などなどと理由を付けては労働者の権利を放棄するようになってはいないでしょうか?

そして権利を放棄した――あるいはされた人が「自分も放棄したのだからお前も権利を放棄しろ」というように、他者の権利を制限するような思想に走ってはいないでしょうか?

現在のブラック企業は新興の会社も多く、「他人の命や苦労を何とも思わない労働者が増えている」というのも一つの原因だと思います。しかし、この例からわかるように「自分が苦労してきたのだから後輩も苦労するべき」という不幸の連鎖を読んでいるということはないでしょうか?

日本をリセットすることはできないので、ブラックな労働を強いられた先輩がいる限り、過酷な労働条件は続きそうですが、少しずつでも日本は変わらないといけないな、と実感しました。

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韓国のことわざ……


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韓国の国防省長官が「助けられたことは忘れろ」という諺があると述べたことがニュースになっていました。

さすがにこれは本当かどうか怪しいと思い、調べてみました。
……本当でした。

さらに、韓国の諺は酷いものが多いと。以下リンクです。
http://news.nicovideo.jp/watch/nw908409?ver=video_q

いやいや、日本にだって「他人の不幸は蜜の味」という諺もありますし、酷い諺だけを集めて拾っただけかもしれません。
なので「日本 ことわざ 酷い」で検索してみました。
……ほとんどありませんでした。

もちろん、悪い諺を使って相手を批判したり、自虐することはあります。
「あいつは厚顔無恥なやつだ」
「あいつは八方美人なところが気に入らない」
「それは角を矯めて牛を殺すようなものだ」
などなど。

しかし、韓国の場合
女は三日殴らないと狐になる。
弟の死は肥やし
長生きすれば姑の死ぬ日がある。
……もう擁護のしようもありませんな。韓国の人はこういう考えをしてるんだと考えざるを得なくなります。

こちらの個人的な主義のようなものですが、中国は大嫌いです。
以前までは「そんな差別主義はいけないよ」と思っていたのですが、知り合った中国人がネットで語られるようないわゆるわがまま、利己主義な人物だったので、もうネットに出てくる話を否定できなくなりましたので。

しかし、韓国人は二人ほど知っていますが、一人は医学部の少年で非常に紳士でしたし、もう一人はアメリカの文化人類学者と結婚してアメリカに住み、世界を夫と飛び回っている女性で、この方も良妻といった雰囲気の人でした。なのでむしろ韓国人に対しては好印象だったのですが、このような諺にまみれて生きているとなると……どうも印象良くないですね。
こういった言葉がスラングであり、いわゆる慣用句でないなら別ですが、国防長官がスラングを使うということもないでしょうしね……。

すっかり日韓関係が冷え切っていますが、真実はどうなのか、もう少し様子を見てみます。

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